歌舞伎の舞台名所を歩く

  延命院
『日月星享和政談』


 (1)

河竹黙阿弥作『日月星享和政談』(じつげつせいきょうわせいだん)通称「延命院日当」、3幕目2場、「なまめいたる合方」に乗って日当は独白します。

一夜の情けがあだとなり、いままた、ちぎりし二人が悪縁。しょせんは前世の定め事。もうこなった上からは、まゝ短い人の世を、固っくるしい貧乏寺のボロをまとった住職で、暮らすもたかが五十年。首尾よくいっても、少ねえ命。納所の柳全がいう通り、欲と色との二筋道をかけて悪事を仕出しても、それも仏の導きと、いうものかもしれねえな。役者で出世はできなかったが、坊主が仕込む色仕掛けで、千両役者になってみるのも、こいつァ、一番考えものだ。
  (『国立劇場・昭和56(1981)年3月上演台本』58頁)

そして4幕目2場、
 
  仏の道を種として竹川初め女房娘その他多くの奥女中と祈祷にことよせ、ちぎりしも、あのおころとの再会から、ふっと変りし我が心、あれからこっち、面白いほど信者もふえて、金もたんまり、こんな立派な普請もでき、栄耀栄華に暮すというのも、思うて見りやァ、当世風だわ。妙法蓮華経妙法蓮華経。
  (同上、72頁)
 

演劇評論家の戸板康二は、この芝居は『延命院実記』という実録物を基にしていることにふれて、こう書いています。

延命院が日当という僧のために、門前市をなす繁盛で、奥女中、商家の内儀、町娘といった歌舞伎の女形の役柄の典型のような女性たちの参詣、通夜の堂ごもりといった一見「信心」に見える情事で、退廃している状況が、この実録本には、なまなましく出ている。猟奇事件の検事調書と同じで、淡々と無表情に記述されているのが、かえって一種の扇情的効果をあげてもいる。

文中「延命院日当と改めて、一寺の住職となりしは32歳にて、死罪に行われしは40歳なり。僅か8年のうちに女犯をなせし事かれこれ69人に及ぼしとぞ、」とある。まるで西鶴の『一代男』の書き出しのようである。

別な所で、日当について、この筆者は「牛之助の美しい若衆振は、いにしえの光る源氏も業平も、はるかこの人には及ぶまじ」と女が思ったと書いている。むろん現実を誇張した筆のあやだが、女を惑わす色香を持っていたことに、まちがいはない。

                  (中略)

日当の破戒無慚が暴露したのは、スパイをつかったので、実録本では、その女が寺社奉行脇坂淡路守がえらんだ美女で、「十七八」で「目元涼しく鼻筋通り、江戸広しといえどもかくの如くの美女は多くあるまいとおもうほどのたおやめ」と表現されている。

日当のほうがのぼせ上って、契りを結ぶ時に誘導訊問されて、「心ともなく空々(うかうか)と秘める大事もいつしか忘れ、粂むらおころお金をはじめ、お弓お花お愛におせい、おせつおなおお初瀬など、しばしば密会とげしこと」を告白する。そのあとに、「比丘尼と形を変え諸家の奥へも入りこみしこと」とあり、とんでもない倒錯的なことまで、日当がしていたというふうになっている。

この女スパイは、黙阿弥の脚本では、笹川幸十郎妹おむらが竹川という奥女中に化けて、延命院に入り込んだことになっており、岩井小紫が演じた。
  (戸板康二『見た芝居読んだ本』(文春文庫, 1988)32-34頁所収)
   
   
 (2)
   
延命院の所在地は荒川区西日暮里。山号を宝珠山、日蓮宗のお寺で、ご本尊は大曼荼羅。



JR山手線「日暮里」駅で下車し、ゆるやかな御殿坂を進むと5分ほどで着きます。



正面に本堂が見えますが、門を通ると右に大きな木が目に入ります。



説明板が二つ、このお寺とこの木について記されています。





この珍しい木をいろいろな角度から眺めてみます。

「七面大明神」が安置されていることを示す石碑もあります。



境内はそれほど広くなく、右が本堂、左にも3棟ほど見えます。

   
 
(3)

『日月星享和政談』の初演は明治11(1878)年。作者の黙阿弥は、主演の九代目市川團十郎、五代目尾上菊五郎、初代市川左團次の三名優を「日月星」にたとえて外題とした、と本に書かれています。

昭和56(1981)年 3月、国立劇場では5幕10場の通し狂言として上演されました(第110回歌舞伎公演)。

全10場のうち、延命院の場が6場もあります。

  三幕目「延命院門前の場」「延命院客間の場」
  四幕目「延命院玄関の場」「延命院客間の場」「延命院裏手塀外の場」「延命院庫裏(くり)の場」

そして、大詰が「奉行所詮議の場」で日当が裁かれます。

日当を演じたのは尾上菊五郎、「退廃(アンニユイ)の翳りを含んだ美男ぶり」で「はまり役」と『演劇界』(4月号、31頁)の評にあり、4頁にわたって20葉のグラビア写真が載っていて舞台を思い出させてくれます。


国立劇場公演ポスター
(『歌舞伎ポスター集-国立劇場開場25周年記念-』(日本芸術文化振興会, 1991年刊)より)



お読みいただきありがとうございました。

  「歌舞伎の舞台名所を歩く」 HOMEはこちらをどうぞ。 
(2018(平成30)年6月23日)
 
inserted by FC2 system