歌舞伎の舞台名所を歩く

  二見が浦
『伊勢音頭恋寝刃』


 (1)

近松徳三作『伊勢音頭恋寝刃』(いせおんど こいのねたば)、通称「伊勢音頭」、主人公福岡貢は主筋の今田万次郎が紛失した名刀とその折紙(鑑定書)を探しています。

序幕、奴の林平は左膳に会います。

林平 藤波様。
左膳
 慌(あわただ)しい、何事じゃ。
林平 ハッ、只今大学様の密書を大蔵が持っていましたゆえ、此方へ取ろうとすると、やるまいと引き合うはずみに引きちぎれて、まずこの通り。

 ト状を出す。左膳見て思い入れ。

左膳 宛名はなけれど詮議の手懸り、万次郎へ追いついて手渡しいたせ。

 ト右の状を林平に渡す。

林平 シテ万次郎さまは。
左膳 貢が供して、二見村へ。
林平 心得ました。

そして、「二見ケ浦磯端の場」です。
 
  本舞台、向う一面浪手摺、遠見、真中に注連縄を張りし二見ヶ浦の大岩。すべて二見ヶ浦磯端の体。時の鐘、波の音にて道具留まる。

 ト時の鐘、むこうより貢、提灯を持ち、万次郎をつれて出て来たり、

 もう七ッ半、夜のあけぬうちに行きたいものじゃが。
万次 今よくよく思うて見れば、大蔵や丈四郎というものが刀を質物に入れさし、それに宵から顔出しもせぬは、合点が行かぬわいの。
 ハテ、それも私が詮議致しまする。お気づかいはなされますな。

そこへ林平が追いつきます。

夜明けの薄明りの中、貢が渡された手紙を読もうとして、だんまりを思わせる美しい色々なポーズをとる所は、見どころです。

   もう夜が明けそうなものじゃ。早く明ければよいが。

 ト立廻りのうち、正面へ段々日の出引き上げる事よろしく、

 うれしや日の出。

   ト状をすかし見る事あって、

宛名は徳島岩次郎殿へ、蜂須賀大学より。

大蔵・丈四 それを。

 ト又かゝるを振りほどき、こなし、大蔵、丈四郎ポンと返る。貢、状へ目をつけ、

 読めた

 ト膝を叩くを、柝のかしら、キッと見得よろしく。鳴物一声、浪の音にてよろしくきざみ。
                                               
拍子幕
(以上、『名作歌舞伎全集』第14巻、167-71頁)

  

歌川国貞「二見浦曙の図」
(『日本の浮世絵美術館』(角川書店, 1996)第6巻, 20頁より)


(2)

二見浦へはJR「二見浦」駅で下車しても行けますが、伊勢市駅前でバスに乗り、「二見浦表参道」で下車します。





朝日を浴びながら松並木を歩きます。



「名勝 二見浦」の石碑が建っていますが、「名勝」という言葉、大好きです。何か所かで見ましたが、日本にいくつあるのでしょうか…。



二見興玉神社の第一鳥居のところに着きます。



石碑の隣にある由緒です。



鳥居をくぐると参道で、海に沿って右にのびています。



行書体の歌碑、「伊勢の二見岩」以外はよくわかりません。でもなかなかいい字です。



次は山口誓子(明治(1901)- 平成6(1994)年)の句碑、解説がありますので、有難いです(すべてこうあって欲しいものです)。




参道は続き、向こうに第二鳥居が見えます。



さざれ石とその説明です。このような大小の石が混じったのは初めて見ます。




鳥居には榊が飾られていますが、ここを通って右に曲がると、



ようやく見えます!



石の上に蛙の石像が乗っていますが、面白いですね、「蛙岩」というのがあります。蛙が神様の御使いなのは初めてです。



夫婦岩に近づきます。



左の三つの岩にも名前がついています。



二見興玉神社のことは忘れていました。



絵馬は勿論夫婦岩。



「日の神 皇居 遙拝所」には鳥居があり、ここは特別な場所です。





夫婦岩が最も近くから見えるところに来ます。岩の上に鳥居があるのに気がつきますが、この岩自体が沖合にある霊石の興玉(おきたま)神石を遙拝する鳥居とみなされているそうです。

男岩は高さ9m、女岩は高さ4m、夫婦岩は大注連縄(おおしめなわ)で繋がれていて、その間は9m。この大注連縄は年三回(5月5日・9月5日・12月の第3日曜日)に取り替えられるそうです(大注連縄張神事)。




日の出を見る場所は、月によって異なります。今度は近くに泊ってぜひ見てみたいものです。





感激しながらじっくりと眺めて、先に進むと橋があり、渡ると、



鳥居の右に「龍宮社」とある神社に来ます。



この辺りは「立石浜」といい、伊勢神宮に参拝する前に心身を清める禊場[垢離場]だったこと、ここでお祓いをすることを「浜参宮」と言うこと、などが記されています。



こちらの鳥居をくぐって、二つの神社を参拝して、夫婦岩を見物する人も多いことでしょう。



来るときは「二見浦表参道」で下車しましたが、「夫婦岩東口」でバスに乗って帰路に着きました。



   
(3)

『伊勢音頭』の初演は寛政8(1796)年、大阪角の芝居。伊勢で実際にあった殺傷事件を下敷きにしたとのこと。

歌舞伎座で何度か観ましたが、最近では、平成27(2015)年10月、国立劇場で3幕8場の通し狂言として上演されました(第295回歌舞伎公演)。本公演では初の上演で、配役は福岡貢が中村梅玉、今田万次郎が市川高麗蔵、奴林平が中村亀鶴。二見が浦を背景に、梅玉が美しい見得を見せました。


   
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(2018(平成30)年8月9日)
 
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