歌舞伎の舞台名所を歩く

  玄冶店
『与話情浮名横櫛』


 (1)

『与話情浮名横櫛』(よはなさけ うきなのよこぐし)、通称「切られ与三」の三幕目は「源氏店妾宅の場」、屈指の名セリフです。

与三郎 しがねぇ恋の情けが仇、命の綱の切れたのを、どう取り留めてか木更津から、めぐる月日も三年(みとせ)越し、江戸の親にやぁ勘当うけ、よんどころなく鎌倉の谷七郷(やつしちごう)は喰い詰めても面へ受けた看板の疵がもっけの幸いに、切られ与三(よそう)と異名をとり、押借り強請も習おうより、慣れた時代の源氏店、そのしらばけか黒塀に格子造りの囲いもの、死んだと思ったお富とは、お釈迦さまでも気がつくめぇ。よくもおぬしア達者でいたなぁ。おい、安やい、これじゃぁ一分じゃぁ、けえれめえじゃねえか。
 (『名作歌舞伎全集』第16巻、204頁)

与三郎は蝙蝠安に連れられて、ゆすりに来ます。安が話している女を見て驚きます。与三郎は木更津の海岸で見初めたお富だったのです。



 月岡芳年「新撰東錦絵 於富与三郎話」 明治18(1885)年 
 (山口桂三郎監修『日本の近代絵画』(プレーン出版, 1996)86頁より)


(2)

人形町に玄冶店の石碑がたっています。




地下鉄・日比谷線「人形町」で下車、A2の出口を出ると交差点で、前方向こうに「甘酒横丁」「明治座」の標識が見えます。

ちなみにこの横丁に入ると、お茶の香りがしてきますし、「東京3大たい焼き」の一つのたい焼き屋さん、江戸切子などの店もある楽しい通りで、何度か歩いたのを思い出します。

またずっと行くと右手の小公園に弁慶像が建っています。



ここの信号は渡らずに、通りを左へ進むと、







などがあり、十字路の信号を渡ると、目指す石碑が見えます。



車道から正面を見ます。





裏面には由来が刻まれていますが、この内容は説明板に含まれています。





歌舞伎では「源氏店」ですが、ここは「玄冶店」です。

  「源氏店と書いて、どうしてゲンヤダナと読むのですか」と聞かれたことがあります。
 …玄冶店(ゲンヤダナ)という路地があり、…その玄冶店を、例によって歌舞伎の世界では江戸の町名をその儘使うことが出来なかったので、源氏店と書いて鎌倉の世界にしたのです。
 (坂東三津五郎、『名作歌舞伎全集』第16巻月報「芸談」15より) 


ちなみに小路を挟んだ最初のビルの入口に、「寄席 末広跡」の石碑があります。





 

ガラスに、この寄席について書かれています。

  幕末の慶応3年(1867)から昭和45年(1970)まで の103年、人形町末廣として多くの人に親しまれる落語定席でした。客席がすべて畳敷きというのが特徴で、マイクなしでも客席の隅々まで演者の声が聞こえる造り等、今でも伝説の寄席と称されています。

落語の芝居噺も大好きですが、その中に「お富与三郎」があり、ぼくは先代の金原亭馬生で聞きました。五街道雲助も演じるそうで、今度聞けるのを楽しみにしたいと思います。

   
(3)

『与話情浮名横櫛』の初演は嘉永6(1853)年、江戸・中村座。与三郎は8代目市川團十郎、お富は尾上梅幸(後の4代目尾上菊五郎)。


昭和44(1969)年4月、国立劇場では6幕16場の通し狂言として上演されました(第23回歌舞伎公演)。

配役は与三郎・14代目守田勘弥、お富・7代目尾上梅幸、蝙蝠の安・8代目市川中車、藤八・2代目坂東弥五郎、和泉屋多左衛門・17代目市村羽左衛門。


 国立劇場公演ポスター
 (『歌舞伎ポスター集-国立劇場開場25周年記念-』(日本芸術文化振興会, 1991年刊)より)


勘弥は昭和47(1972)年5月に歌舞伎座でも与三郎を演じています(お富・4代目中村雀右衛門。蝙蝠の安・8代目坂東三津五郎)が、「木更津海岸見染の場」での金五郎の尾上菊蔵も忘れられません。


平成7(1995)年9月の歌舞伎座の舞台も、記憶に刻まれています。この時は「木更津海岸見染」「赤間源左衛門別荘」「並木道出立」「元の別荘」「源氏店」「元山町伊豆屋見世先」「同火の番小屋」「元の見世先」の場の通しでした。

配役は与三郎・12代目市川團十郎、お富・4代目中村雀右衛門、蝙蝠安・5代目中村富十郎、和泉屋多左衛門・中村吉右衛門、伊豆屋喜兵衛・3代目河原崎権十郎、赤間源左衛門・6代目片岡芦燕、鳶頭金五郎・中村東蔵、番頭藤八・初代市村鶴蔵。芝居巧者、名脇役が揃っていました。



昭和38年1月、歌舞伎座の名舞台は映像が残っていて、昔、愛宕にあるNHKの放送博物館の映写室(?)で観る機会に恵まれました。

この時は、与三郎・11代目市川團十郎、お富・6代目中村歌右衛門、蝙蝠安:17代目勘三郎、和泉屋多左衛門・2代目・市川猿之助(初世猿翁)という豪華な役者陣の出演でした。

音声も残っていて、カセットテープで11代目團十郎の名調子をよく聴きましたし、今も時々聴いて楽しんでいます。


 
 
 案内の絵葉書
 
   

お読みいただきありがとうございました。

  「歌舞伎の舞台名所を歩く」 HOMEはこちらをどうぞ。
(2018(平成30)年10月11日)
 
inserted by FC2 system