歌舞伎の舞台名所を歩く

  五条大橋と扇塚
『源平魁躑躅』


 (1)

『源平魁躑躅』(げんぺい さきがけつつじ)、通称「扇屋熊谷」の「五条橋扇谷の場」、無官太夫敦盛は女装して、扇折小萩として扇屋にかくまわれています。

ある日、熊谷次郎直実がやってきます。

熊谷 聞き及びし扇の名誉、上総と申すはこの家でおりゃるか。扇所望致したい。

 ト熊谷思入れあって腰をかける。上総これを見て、

上総 これはこれは、扇谷上総が名前を目印に、はるばるとお尋ね下され、冥加至極、ありがたい仕合せ。扇は何が御所望えござりまする。丸骨角骨、あるいは平(ひら)骨かが骨と申すもあり、殿中十間天地金、舞扇が御所望なら、金地銀地蒔砂子、お土産に遊ばすなら、時の間に折り立てて差し上げます。まず御上がりお遊ばせ。コレ誰ぞお茶持て来いよ。

 お茶持て来いともてなしける。

熊谷 扇の品々承り及ぶ。何も所望でない、身共が望みはそれに折りかけし陣扇(じんせん)、ドレお見しゃれ。

  (『名作歌舞伎全集』第3巻、34-35頁)


 (2)

五条大橋のたもとに扇塚があルのを知り、マップを見て行ってみます。



京阪電鉄の「清水五条」で下車して、五条大橋を渡ります。



するとすぐ右手向こうに「扇塚」が見え、説明板があります。





右の歩道に曲がって正面から見てみます。



こちらにも由来記があります。



文中の「御影堂」は、近くにある「御影堂前町」にその名を留めています。





最後に五条大橋が見える位置からも見てみます。



ちなみに奈良の元興寺にも「扇塚」があります。


(3)

『扇屋熊谷』の幕切れは、熊谷と敦盛が扇を持って、将来の組打を予言するような立ち回りを見せます。

  熊谷 ムゝ、ハハハ、勇ましゝ勇ましゝ。幸いなるかなこの賀茂川の、流れを須磨の浦になぞらえ、

 一二の谷は東山。

今給わりしこの陣扇、さっと開いて声高に、

 駒を早めて追っ駆け追っ駆け、
   ト熊谷羽織りをぬぎ、キッと見得。

ヤアヤア、それへ打たせ給うは平家の大将軍と見奉る。汚のうも敵に後ろを見せ給うか。引っ返して勝負あれ。かく申す某は、武蔵の国の住人、私(し)の党の旗頭、熊谷次郎直実、返させ給え、オゝイオゝイ。

 扇を持ちて打ち招き、暫し暫しと呼ばわったり。敵に声を掛けられて、何の猶予のあるべきか、敦盛あとへ引っ返し、

 ト熊谷馬上にて引き抜き、扇を開き、キッと見得。これより大小入りの合方になり、花道より敦盛舞台へ返り、


敦盛 天晴武者ぶり、(トのりになり) 敵にとって不足なき次郎直実。
 
   (中略)

   トこのうち大小入りの鳴物にて両人よろしく立ち廻りあって、

熊谷 生死無常の出陣と、

敦盛 栄うる春と散る秋の、

熊谷 互いの勝負は戦場にて、

敦盛 まずそれまでは、

両人 さらば。

 花の都をあとになし、須磨の浦へと急ぎ行く。

 ト両人引っ張りの見得。段切れに手て。
                           
幕  (同上、48頁)

これは鴨川を須磨の浦に、弁慶と牛若の見立てての振りです。


扇塚のすぐ近く、五条通りの中央に弁慶と牛若の像が建っています(上のマップを大きくすると、この場所が出てきます)。何とも可愛い表情をしています。








あまりにも有名な五条大橋での牛若と弁慶の出会いは、多くの浮世絵に描かれていますが、その一枚。


 「壮春四季の所作 五条橋」『東海道芸能尽し』(国立劇場, 2001)より)


 
(4)

文耕堂・長谷川千四(せんし)合作の人形浄瑠璃『須磨都源平躑躅(すまのみやこ げんぺいつつじ)』は享保15(1730) 年大坂・竹本座で初演され、歌舞伎としては宝暦12(1762) 年大阪三升座で初演されました。


滅多に上演されなく、ぼくは平成5(1993)年1月の歌舞伎座での舞台を一度観ただけです。

この時の出演は、市村羽左衛門(熊谷)、中村富十郎(姉輪)、市川左團次(上総)、中村梅玉(敦盛)でした。


『演劇界』を見ると、平成15(2003)年3月、市川團十郎主演で京都・南座の舞台にかかっていますが、歌舞伎400年記念公演の一つでした。



「扇屋熊谷 五条橋扇屋の場」(『歌舞伎定式舞台集』98頁より)
 〔入口に看板の代わりに扇がかかっています〕


「扇屋熊谷 五条橋の場」(同上、129頁より)


昭和44(1969)年 10月、国立劇場で『鬼一法眼三略巻』(きいちほうげん さんりゃくのまき)が通しで上演されましたが、大喜利は「五条橋」の場。その後再演されていますが、この場が出たのはこの時だけで、たいへん珍しい上演でした。


 国立劇場公演ポスター 
 (『歌舞伎ポスター集-国立劇場開場25周年記念-』(日本芸術文化振興会, 1991年刊)より)
   


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(2018(平成30)年10月27日)
 
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