歌舞伎の舞台名所を歩く

  半蔵門
『江戸城総攻』


 (1)

真山青果作『江戸城総攻』(えどじょう そうぜめ)の第一幕第二場は「麹町半蔵門を望むお濠端」の場です。

官軍の江戸城総攻撃が目前に迫り、幕府方の勝麟太郎は、戦火から徳川慶喜と江戸市民の命を守る為の方策を練ります。

そして直接官軍の西郷吉之助に直接会って話をつけたい、と言う山岡鉄太郎の熱意にかけることにします。

八王子付近では既に戦が始まり緊張する中、西郷の許へ向かう山岡の駕籠に、勝は出会います。

以下、『国立劇場上演台本』(昭和48年11月公演)より引きます。

安房 君西郷に会ったら、至誠をもって頼んでくれ。西郷一人動けばあとの総督府はみな木偶(でく)だ。

山岡 うむ、うむ。

安房 君は先刻(さっき)、おれに向って、自分の智慧に酔って愚者の誠が足らぬ。大局を見るに明敏過ぎると云った。一言もない。おれの弱点だ。おれは今日まで、官軍全体を見ずに一人の西郷の目のみを遥かに心に睨んでいた。西郷一人を敵として、おれは始終こゝろのなかで彼と戦って来た。西郷も或ひは同じ心だろう。江戸全体よりは一人の勝麟太郎とこゝろのなかで戦っているのだろう。おれは負けたくなかった。どうしても勝ちたかった。飽くまで彼が皇室を挟んで圧倒的にのしかゝかって来るなら、おれは江戸市中を彼の土足に蹂躙(じゅうりん)させて、しかも敗北者の冷笑と弱者の誇りをおって、彼を恥じさせ、苦しめようと思った。勝利者の悲哀と悔恨とを、したたか彼に味わせようと思った。然し山岡、この江戸の町々を見る。江戸の生霊百五十万人を見す見す火煙りのなかに泣き叫ばせることが出来ると思うか。おれのこころは残忍だった。西郷に勝つために、無慙(むざん)の自我を貫こうとした。勝が西郷に謝ったと、どうかそれを第一に云ってくれ。

山岡 好く仰しやった。その心は必ず胸に響かせます。

すると、山岡は一つ質問をします。もし江戸市中が火の海となったら、慶喜公の命だけは無事に救い出す策がおありだろうから、それを聞かせて欲しい、と。最初「それは云うまい」といった勝でしたが、是が非でもと云う山岡についに打ち明けます。

安房 官軍の砲撃が始まったら、上様をこれに乗せて、横浜の外国汽船にお遁がしするつもりだった。万国公法を読むと、国事犯の元首者が外国に遁れると、その国は必ず保護して本国の逮捕に応じないことになっている。おれの智慧は、その条文を思い出したのだ。で、おれは一昨日単身横浜に乗り込んで、薩摩藩の後援者なる英国公使館に飛び込んで、幕府嫌いのパークス公使に説いた。頼んだ。初めは公使も応じなかったが、公法の明文はあり、おれの熱弁に動かされて、遂に上様の保護を引き受けてくれた。幕府に好意を持つ仏蘭西公使よりは、敵意のある英国公使に託する方が、却ってお身が安全だろうと…… 俺の智慧が、教えたのだ。

              (中略)

山岡 然し先生。いよいよ砲火相交へて、江戸が戦乱の巷(ちまた)になった時、上様はおのれ一人だけの生命を惜しんで、外国公使館にお遁げなされましょうか。

安房 その時だ、山岡、その時だ――

  安房守、鉄太郎の両手を握り締めて、ボロボロと涙を流す。

安房 おれはな、おれはな、その時こそ上様を捩じ伏せて、勿体ないが、手足を縛りつけても、外国汽船に放り込むつもりだった。慶喜さまは殺せない。殺せない。長く生かして時勢の移り変りを、お目にかけずにはいらないのだよ。

  安房守、泣く。鉄太郎、泣く。  幕


(2)

半蔵門のマップです。



地下鉄半蔵門線「半蔵門」駅で下車、改札を出た左の壁には半蔵門のタイル絵が。



この日は陽気な春の一日、国立劇場では「桜祭り」開催中で、満開の桜を楽しんでから、半蔵門に向かいます。



劇場正面の横断歩道を渡って、お堀端に出ると「江戸城跡」の石碑があります。



歩道を左へ行くと、半蔵門はすぐです。





正面に立って眺めます。





ここでも桜が目を楽しませてくれます。



   
(3)

『江戸城総攻』三部作の第一部『江戸城総攻』の初演は大正15(1926)年11月の歌舞伎座。

昭和48(1973)年11月、国立劇場では三部作を通して上演しました(第61回歌舞伎公演)。

勝麟太郎を6代目市川染五郎(現2代目松本白鸚)、山岡鉄太郎を片岡孝夫(現15代目片岡仁左衛門)が演じました。優れた口跡の二人、青果独特の弁舌調の長台詞を聞かせました。


 国立劇場公演ポスター
 (『歌舞伎ポスター集-国立劇場開場25周年記念-』(日本芸術文化振興会, 1991年刊)より)
   


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(2018(平成30)年9月14日)
 
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