歌舞伎の舞台名所を歩く

  一力
『仮名手本忠臣蔵』七段目


 (1)

『仮名手本忠臣蔵』(かなでほんちゅうしんぐら)七段目は「祇園町一力の場」です。悲劇的な場面が多い中で、唯一華やかな一幕です。

花に遊ばばの唄で、賑やかに幕があきます。

敵の目を欺くために、祇園の茶屋一力で遊蕩三昧にふける大星由良之助。そこへ訪ねてくる若い同士、師直方のスパイとなった斧九太夫、そしておかるの兄寺坂平右衛門たち…それぞれ見どころがあります。

息子の力弥は顔世御前からの密書を持ってきて、一人になった由良之助が読もうとします。

あたり見廻し由良之助、釣灯籠の灯りを照らし、読む長文は御台より、敵の様子細々と、女の文の後や先、参らせ候ではかどらず。

 ト由良之助、手水鉢にて手を洗い、以前の文を出し、立身にて読む。

余所(よそ)の恋よと羨ましく、おかるは上より見おろせど、夜目遠目なり字性(じしょう)も朧、思いついたる延べ鏡、出して写して読み取る文章。

 トこのうちおかる延べ鏡を出し、それに写して見る思入れ。縁の下より九太夫出かゝり、由良之助が文を段々巻き取り、読む思入れ。

下家(したや)よりは九太夫が、繰りおろす文月影に、透かし読むとは神ならず、ほどけかゝりしおかるが簪(かんざし)ばったり落つれば、下にははっと、見上げて後ろへ隠す文、縁の下には猶笑つぼ、上には鏡の影隠し。

 トおかるの簪落ちる。これにて由良之助びっくりして文を後ろへ隠す。九太夫この文引き切り、縁の下へ入る。三人気味合い思入れ、ゆるやかな踊地になり、おかる下を見て、

かる 由良さんか。
由良 わしを呼ぶのは誰じゃ。オゝ、おかるか、そもじはそこに何してぞ。
かる アイ、わたしゃお前に盛りつぶされ、あんまりつらさに酔醒まし、風に吹かれているわいなア。

 トこのうち由良之助、文の端が切れているに心づき、捨て台詞を言いながら、懐紙を出して下へほうる。九太夫下より手を出して取る。これを見て、

由良 ムゝ、ようマア風に吹かれていやったのう。イヤ、おかる、ちとそもじに話したい事があるが屋根越しの天の川で、こゝからは言われぬ。ちょっと下りてたもらぬか。
かる 話したいとは、頼みたいことでござんすかえ。
由良 まあ、そんなものじゃ。
かる そんなら、廻って来やんしょ。
由良 イヤイヤ、段梯子へ下りたら、仲居どもが見つけて、酒にしよう。オゝ幸いここに九ツ梯子、これを踏まえて下りてたも。
 (『名作歌舞伎全集』第2巻、87-88頁)


御台からの密書を読む由良之助、床下でその文の端を掴んで読もうとする九太夫、二階には手鏡で見るおかる。一幅の絵のような場面です。


ちなみに月岡芳年は「月百姿」のシリーズで、密書を持って一力を訪ねてくる力弥を描いています。


「祇園まち」(『月岡芳年 月百姿』(青幻舎, 2017)89頁より)


(2)

一力は数ある「茶屋」でも、最も格式の高い由緒ある茶屋とのことです。行ってみます。勿論ここで茶屋遊びをするというのではありませんし、したくともできません。




京阪電車「祇園四条」駅で降ります。南座を右に見て、八坂神社に向かって少し行くと、右に入る花見小路があります。左にみえるベンガラの赤壁の建物が一力です。





表札に「お茶屋」とあります。



暖簾には「万」の文字。一力は「万」の字を上下二つにしたものなのがわかります。



入口を正面から見ます。



ここの料理人なのか、何かを届けにきた人なのか、一人暖簾をくぐって行きます。



壁の色がなんとも言えません。



通りの角からみても独特の造りなのが見てとれます。



再び四条通りに入り反対側から見ると、かなり広い一角を占めている大きなお茶屋であることがわかります。




なお一力には大石由良之助の遺品や遺墨があり、毎年3月20日、「大石忌」の日にお得意さんや関係者を招いて義士を忍ぶ催しをするとのことです。


   
(3)

『仮名手本忠臣蔵』の通しは、何かの記念といったときにしか上演されませんが、五・六段目とこの七段目は独立しても舞台にかかることがあります。



 一力茶屋 (田中良 『歌舞伎定式舞台集』(大日本雄弁会講談社, 1958)108頁より)    



 国立劇場 昭和59(1984)年7月、第25回歌舞伎鑑賞教室チラシ(部分)


平成30(2018)年2月の歌舞伎座は、歌舞伎座130年、松本幸四郎改め2代目松本白鸚・市川染五郎改め10代目松本幸四郎 ・松本金太郎改め8代目市川染五郎の高麗屋三代の襲名披露興行で、夜の部最後に七段目が出ました。

37年前、由良之助を演じたのは初代白鸚、力弥が孫の染五郎(新幸四郎)で、白鸚が染五郎に花道の演技を教えるのをテレビで見たのを思い出します。今回も由良之助を演じた2代目白鸚が、孫の新染五郎の演技指導をしたことでしょう。親から子へ、そして孫へ、歌舞伎だけが持つ麗しい芸の伝承を感じます。


 歌舞伎座公演チラシより(部分)


幕切れも絵になる場面で、拍子木の音が聞こえてきそうです。


三世歌川豊国「忠臣蔵七段目」(国立劇場絵葉書より)



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(2018(平成30)年7月13日)
 
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