歌舞伎の舞台名所を歩く

  二月堂
『二月堂良弁杉由来』


 (1)

作者不詳『二月堂良弁杉由来』(にがつどう ろうべんすぎのゆらい)、通称「二月堂」の一幕。

本舞台正面桧皮葺、高欄、階段長く続きたる白木の堂を見せ、真中に埒をめぐらしたる杉の大樹、諸所に藤の花のからみたる杉榎の立木、向う春日野の遠見、凡て南都二月堂の体。

 鳴物入りの合方にて、幕あく。 浅黄幕。

 すぐ竹本となり、

焼かずとも草は燃えなん春日野の三笠に近き二月堂 (ト浅黄幕落す)

軒に見あぐる葉も枝も
良弁杉と名に高き

 ト、花道より侍四人、供回り仕丁、輿舁(こしかき)出る。

(『歌舞伎座 平成18年11月『良弁杉由来 二月堂』上演台本』1頁)

二月境内の杉の大木に貼紙のあることが語られ、それを聞いた東大寺の良弁上人は驚き、貼り主を連れてくるように言います。

その貼紙には30年前に鷲にさらわれた愛児を探している、とあり、良弁は、自分は鷲から落ちて杉の木にかかっているのを助けられた、と聞かされていたからでした。

年老いた乞食姿の女に問うと、まぎれのなく実の母と分かります。涙の対面となり、良弁は母・渚の方を、立派な輿に乗せるのでした。
 
  人々立ちより敬いて、母君輿にのせまいらせ、御堂を見返り伏し拝み

渚  あおげば高き杉木立、

良弁 茂る枝葉も雨露の、

渚  恩と情の親心、 

良弁 恵も深き、

皆々 二月堂

日頃の憂きは木の元に、悦び栄う孝の道、顕われ出る弥陀の慈悲、めぐりめぐりて末の世に、南都大仏、乾の方、子安の神と名に高き、今にその名ぞかんばしき。

 ト、この語りの内に、輿舁、かき上げ、僧正とツケ廻りよろしく

 ト、段切れ、渚七三にておこつくを  柝

 三重にて全員向うへ入るを  キザミ  幕 (同上、22頁)
(2)

余りにも有名な東大寺の二月堂のマップです。



近鉄奈良線「奈良」駅で下車し、歩いて10分ほどで着きます。参道は参拝の人たちであふれています。



参道の途中に、二月堂への参詣道があります。



するとお水取りで有名な二月堂に着きます。その前は傾斜のある芝で、一本の杉と「良弁杉植樹の由来」の石碑がたっています。








(3)

『二月堂良弁杉由来』の人形浄瑠璃の初演は明治20(1887)年、大阪・彦六座。歌舞伎としての初演は不明。


昭和58(1983)年12月、国立劇場の舞台にかかり(第123回歌舞伎公演)、17代目中村勘三郎が良弁、7代目尾上梅幸が渚の方を勤めました。


 国立劇場公演ポスター
 (『歌舞伎ポスター集-国立劇場開場25周年記念-』(日本芸術文化振興会, 1991年刊)より)


このポスターに描かれているのは、土佐の絵師・絵金(1812-76)による「良弁杉由来」。この絵を取り上げた「一展一品」を引きます。

  二月堂良弁杉の由来
                  絵金

男、女、そして血しぶき。ろうそくの明かりに浮かび上がる、強い色彩。南国・土佐の夏の夜、芝居の世界がおどろおどろしく、眼前で揺れる。

高知県赤岡町では7月の第3土、日曜の夜、約20点の芝居絵屏風を軒先に出し燭台(しょくだい)を立てて味わう。多くが絵金の作で、称して「絵金祭り」。大人の背丈ほどのこの作品は代表作だ。

「絵師金蔵」は高知の髪結いの家に生まれ、土佐藩の御用絵師から狩野派を学ぶ。家老の御用絵師となるが、不祥事で野に下った。贋作を描いたためともいわれる。そして町絵師となり芝居絵で人気に。同時に4本の筆を握って描いた、晩年は左手1本、と逸話は多い。県内に残る芝居絵屏風は約200点で20点ほどが絵金作という。

真夏の夜の揺れる炎から、東京の美術館の蛍光灯へと環境が変わっても、この作品の強さは減じない。横尾忠則作品や劇画にも比肩するグラフィックな美意識で鷹に子をうばわれた親の必死の姿を強烈な動感で描く。悲鳴が聞こえ、空間全体が左斜め上方に持っていかれそう。

画材は泥絵の具だが、鷹には油絵的描法も。背後の人々のユーモラスな姿も見逃せない。表題の狂言は明治の初演で、別の狂言や地芝居、伝承に沿った図などとみられている。(後略)

(「朝日新聞」 2003年12月20日)


昭和60(1985)年7月には歌舞伎座で上演され、3代目市川猿之助(良弁)、9代目沢村宗十郎(渚の方)が出演しました。

この舞台、「釘町久磨次美術の二月堂の堂宇が、実に素晴らしい」と大道具に触れた一行が劇評(藤井康雄、『演劇界』3月号、34-35頁)にあったのが珍しく思いました。 


平成18(2006)年11月、歌舞伎座では、良弁上人は片岡仁左衛門、渚の方は先代の中村芝翫が演じました。

最近では平成29(2017)年、京の顔見世の舞台にかかりました。


ちなみにこの一幕、舞台裏でお香が焚かれ、舞台はその香りに包まれます。


この芝居は歌舞伎としては動きも少なく、それほどの見どころもなく、むしろ浄瑠璃(文楽)で鑑賞すべき作品、という声もあります。


 国立劇場(小劇場)平成30(2018)9月公演ちらし
   


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(2018(平成30)年11月25日)
 
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