歌舞伎の舞台名所を歩く

  不忍池
『黒手組曲輪達引』 


 (1)

河竹黙阿弥作『黒手組曲輪達引』、通称「黒手組の助六」の序幕は「忍ヶ岡道行の場」、清元「忍岡恋曲者(しのぶがおかこいはくせもの)」が聞かせます。

すべて不忍池の辺りの体。

  水音にて幕あく。

清元絵に描かば、墨絵の様や朧夜の、空ににじみし月影も忍が岡を二人連れ。

  ト本釣鐘合方にて向ふより番頭権九郎、頬冠り尻端折り、新造白玉孔雀染の振袖上へ
  権九郎の羽折を引かけ、手拭を吹流しに冠り、手を引合って出て来る。

散り来る花の白玉に、鐘の音かすむ権九郎、手に手を取りてそこはかと、谷中を越えて車坂…よそ目にみれば二本の、離れぬ杉も道行は、味な縁と出雲でも、結び違ひし神垣や、稲荷の森へ歩み寄り。

 
 ト両人よろしくあって舞台へ来る。

権九郎 コレ白玉道々もいふ通り、掟きびしい曲輪をば、連れて逃げた上からは、所せん江戸には居られぬぞよ。
白玉  江戸の内に居られぬとて、何処へゆくのでありんすえ。
            (中略)
然う聞く上ハ少しも早う曲輪の追手のかゝらぬうち、私しや上方へ行き度うござんすが、聞けば遠い所やら、おまへ路用がござんすかえ。

  ト此辺にて、伝次窺ひいる。

権九郎 おっと其処に如才があるものか、今日千葉様へ納めに行く為替の金の五十両、ちゃっと着服しておいた。是を路用に通し駕籠、伊勢参宮から大和路を廻った所が、まさか二分にもなりゃしまい。
白玉 そんならお前が五十両、ほんに持って居なさんすか。
権九郎 何で嘘をつくものか、疑わしくば是を見や。
 
  ト懐から財布に入りし五十両を出して見せる。白玉さぐりみて、

白玉 ほんにコリャお金でござんすな。
権九郎 併も小判で五十両、是れさへあれば大丈夫。

  ト権九郎財布を頂く。

押し頂けば後ろより財布を目がけて一掴み、あわやと驚く権九郎、池の深みへ

  ト牛若伝次頬冠りにて出て、後より財布を引ったくる。
  権九郎驚き取返さうとするを池へ突落される。
  水煙り立ち水鳥舞上る。

(『国立劇場昭和51年1月公演上演台本』52-54頁)

白玉と伝次はぐるになって、権九郎から金を巻き上げたのでした。二人はうまくいった、とほくそえんでいるところへ、捕手が現れ伝次は逃げますが、白玉は捕まります。

そこへ「時の鐘おかしみの合方になり」、池の中からずぶ濡れになった権九郎が、蓮の葉を頭に出てきます。そしてひとくさり愚痴り、震えながら花道へ入って幕になります。

 
 
鳥居清長「不忍池畔」 三枚続きの一枚
(高橋誠一郎コレクション 浮世絵名品展」(和光ホール, 1983)図録より)


(2)

不忍池へはJR「上野」駅で下車、「公園口」から上野公園を通って行くことにします。



清水観音堂の脇を通り、清水坂の階段を下りる途中で振り返ると、「月の松」が見えます。広重の浮世絵が思い浮かびます。



更に階段を下りると、向こうに見えてきます。



入口には「東叡山寛永寺辨天堂」とあります。昔、寛永寺は辺り一帯広大な場所を占めていて、ここはその一部だったのです。またここは谷中七福神の一つで、二度ほど七福神巡りをしたことを思い出します。



参道を行くと、名のある石と思われますが、大きな文字で「不忍池」と刻まれています。



弁天堂に向かいます。



この右の方に大黒天堂が建っています。



境内には、俳句は見えませんが「芭蕉の碑」、珍しいと思える「ふぐ供養碑」、他に「眼鏡の碑」などが建ちます。



弁天堂を後にして、ぐるっと蓮池に沿って歩いてみます。



時期になると、蓮が美しい花を開かせ多くの人を引きつけます。



蓮についての説明板があるので読んで見ます。古来不忍池は蓮でも有名なのがわかります。







この池の蓮は、例年6月下旬ごろに最も見ごろを迎えます。









    さはさはと蓮うごかす池の龜  鬼貫
    風道の遠くに見えて蓮の花   加賀谷凡秋


 (3)

「黒手組の助六」の初演は安政5(1858)年3月、江戸・市村座。

国立劇場では昭和51(1976)年 1月、3幕4場の通し狂言として上演されました。出演は花川戸助六と番頭権九郎に尾上菊五郎、白玉に7代目市川門之助。特に菊五郎ならではの権九郎のおかしみは忘れることができません。

菊五郎は昭和54(1979)年5月歌舞伎座でも演じました。

昭和57(1982)年11月、昭和59(1984)年11月には、歌舞伎座で3代目市川猿之助(現・2代目市川猿翁)が猿之助らしいサービス精神を発揮して、観客を楽しませました。

その後は、舞台にかかっているのでしょうが、観ていません。不忍池の近くへ行くと、面白かったこの芝居のことが思い出され、また観たくなります。


【参考】

(『図書』(岩波書店)2019年2月号)



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(2018(平成30)年6月20日)
 
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