歌舞伎の舞台名所を歩く

 宇津ノ谷峠
 『蔦紅葉宇都谷峠』
 
 
 (1)
 
河竹黙阿弥の名作『蔦紅葉宇都谷峠』(つたもみじうつのやとうげ)、 通称「文弥殺し」の第三場は「宇都谷峠の場」です。



この峠を歩こうと思い、静岡駅で「しずてつバス」に乗ります。途中、広重の浮世絵にも描かれている「丁子屋」の看板が見えます。途中下車して、ここで名物を食べたかったのですが、別の機会ということにして「宇津ノ谷入り口」で下車します。
道の駅の食堂に入りますと、嬉しいことにメニューの中にとろろ定食があります。迷わずこれを注文します(880円でした)。
   
芭蕉の句、 

    梅若菜丸子の宿のとろろ汁

を思い出します。

満足して少し休んでから、歩いて10分程で、宇津ノ谷の集落の入口に着きます。
宇津ノ谷峠についての説明板です。 
 
   
集落に入ると、古い家が並ぶ中に、御機織屋の木の看板が目に入ります。なかなか味のある良い文字です。



   
少し行くと、宇津ノ谷峠の入り口の標識があり、そこを左に曲がって旧街道に入ります。 
   
旧街道らしく、すぐに石仏が迎えてくれます。 
この峠、思ったほど急な登りではなく、右手に「峠の地蔵堂跡の石垣」が見えてきます。
説明板です。
 
   
ここをぐるっと右に曲がると、「地蔵堂跡」の看板が出ています。
   
説明には芝居のあらすじが簡潔に記されています。 
 
 
近づいてみます。 
 
   
ここにも詳しく説明されています。 
 
   
   
文弥の後をつけてきた十兵衛は呼び止め、金の無心をします。勿論断る文弥。諦めたように見せかけて「怪我せぬように、急がっしゃれ」と言う十兵衛ですが、後ろから切りつけます。二人の台詞は聞きどころです。 
   
  十兵衛 割っつくごいつ事情(いりわけ)を話したとても貸さぬは道理、さらさら無理とは思わねど、その百両の金がないと大恩受けたお主の難儀、道にそむいたことながら、私も以前は若党奉公、武士の録を食(は)んだからは、切取りなすも武士の習い、お主のためには換えられぬ。そのかわりには一周忌おそくもこなたの三年までには、金こしらえて身寄りを尋ね、敵と名乗って討たれる心、京三界(がい)まで駆け歩き都合のできぬその金を持っていたのがこなたの因果、欲しくなったが私の因果、因果同士の悪縁が、殺す所も宇津谷峠、しがらむ蔦の細道で、血汐の紅葉血の涙、この黎明(ひきあけ)が命のおわり、許して下され、文弥どの。

トまた一刀切りつけ、包みを奪い取り、中より金財布を引き出すを文弥しっかと捉えて、

文弥 すりゃこなさんはこの金を取ろうとばかりに親切らしく、眼界の見えぬ私を連れだし、人里放れし宇都の谷にて、殺して金を取る気だな、こういうことのあることとは知らぬ江戸にて母人や廓に行かれし姉者人が、今日は彼処明日は何処と指折り算えて待ちわびるその陰膳の高盛が枕飯と聞かれたら、さぞや嘆きはいかばかり、これ皆こなたがする仕業、かゝる非道な心と知らず、世に頼もしき人と思い、仏頼んで地獄とやら、こなたは鬼か獄卒か、呵責の刃受くるばとて、やわかこの金わたそうか。

(『名作歌舞伎全集』(創元社, 1968年刊)第10巻, 172頁) 
   
そして文弥が堤場の仁三にかわる早替りを見せるのもこの地蔵堂でした。

この場面を思い出しながら進むと、一本の木に手書きで「宇津ノ谷峠」とあります。
 
   
ここから下っていくと、旧街道の入口に着きます。 
 
 
この説明板には次のように記されています。 
 
  この道は、駿河国の阿部郡と志太郡のさかいにある宇津の山の一番低くなった鞍部(あんぶ)にある峠道で、二つの峠越しがあった。一つは、源頼朝以後に開発された東海道本筋の通っている宇津の谷峠で、もう一つは、それ以前の蔦の細道の峠である。 
   
ここを左に折れて蔦の細道へ向かいましたが、歌舞伎の名作、文学と歴史を連想させる二つの峠を満喫した一日でした。
   
   
(2)

『蔦紅葉宇都谷峠』の初演は安政3 (1856) 年9月、市村座。

名作ながら滅多に舞台にかかりませんが、昭和44(1969)年9月に国立劇場で、序幕から大詰まで5幕12場の通しで上演されました。第3幕第1場「鞠子宿藤屋店頭の場」、第2場「鞠子宿藤屋座敷の場」に続いて第3場が「宇都谷峠の場」でした。

この舞台、17代目中村勘三郎と8代目松本幸四郎が、確か十何年振りかで共演したということでも話題を呼びましたが、初めて観る黙阿弥の世話物の面白さ・素晴らしさを堪能しました!この時のような舞台はもう観ることはできないでしょう。心に深く刻まれた二人の名優による名舞台を観ることができたのは大変幸せなことでした。

『演劇界』のグラビアには舞台写真がたくさん載っていて、この芝居を各々の場面を思い出させてくれるのは有難いことですし、また貴重な記録と思います。

ちなみに、この芝居、落語ファンの方なら、古今亭志ん生の「毛氈芝居」を思い出されることでしょう。そして三遊亭円歌(2代目)の「さんま芝居」も。これから聞かれる方のために筋は省略しますが、どちらも面白い芝居噺ですので、未だの方はどうぞお聴きになってみてください。
 
     
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(2018(平成30)年4月20日)
 
 
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