歌舞伎の舞台名所を歩く |
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『車引』 | |
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『菅原伝授手習鑑』(すがわらでんじゅてならいかがみ)、「吉田社車引の場」です。 |
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本舞台、朱の玉垣。上の方、吉田社という額をかけたる大鳥居。左右に紅白の梅の立木。目覆いより梅の吊枝。すべて吉田社境内の体。早神楽にて幕あく。 鳥の雛(こ)の巣を離れ、魚陸(くが)に上がるとは、浪人の身の譬え草、菅丞相の舎人、梅王丸に桜丸。 ト宮神楽になり、向こうより梅王丸、童子格子の大どてら、いつもの拵え、大小、深編笠に出て来、同時に東の揚幕おり桜丸、同じ拵えて出て来たり、本舞台に入り、 桜丸 梅王丸か。 梅丸 桜丸か。 桜丸 話すことあり。 梅丸 聞くことあり。 兄弟木陰に笠傾け、 ト宮神楽合方になり、 まず差しあたって問いたいは、其方(そのほう)いつぞや加茂堤より、宮姫君の御あと慕い、尋ね行きしと内方八重の物語、何とお二方に廻り逢うたか。 桜丸 いかにも道にて追っつき奉り、菅丞相御流罪と聞くより、御対顔なさしめ奉らんと、安井の岸まで御供せしに、御対面叶わず、(中略) 納まらぬは我が身の上、賤しい身にて恋の取持、遂には御身の仇となり、御恩を受けたる菅丞相の御流罪、みな桜丸がなす業と思えば、胸も張り裂く如く、今日は切腹明日は命を捨てょうかと、思い詰めは詰めたれど、佐太に在(おわ)する一人の親人(びと)、今年七十の賀を祝い、兄弟三人嫁三人、並べて見ると当春より、喜び勇み在するに、我一人欠くるなら、不忠の上に不幸の罪、せめて御祝うた上と、詮なき命今日までも長らえる面目なさ、推量あれや梅王丸。 (『名作歌舞伎全集』第2巻、189-90頁) |
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そして時平が牛車にいることを知った二人は襲いかかりますが、時平にひとにらみされて立ちすくんでしまいます。 そして幕切れ、 |
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時平 ヤレ待て松王、太政大臣となって天下の政事を取り行なう時平が眼前、血をあやすは社参の穢れ。助けにくき奴なれど、松王が忠義に免じ助けくれる。命冥加な蛆虫めら。 あたりにらんで立ってりけり。 松王 わいらよい兄弟(でえ)を持って幸わせ者。命一つ拾ったを、ありがたいと三拝ひろげ。 言われて両人くわっとせき上げ、 桜丸 ヤア、汝(おのれ)にも言分あれど、ナ、親人の七十の賀、祝儀すむまで、のう梅王。 梅王 そうだそうだ。その上ではナ、松の枝々へし折って、敵の根を断ち、葉を枯らすわ、エゝ。 松王 そりゃこの松王とても同じこと、親人の賀を祝うた後では、梅も桜も落花みじん、足元の明(あ)けえうち、早く帰(けえ)れ。 梅丸 ヤア、帰るを汝(おのれ)に、 桜丸 習おうか。 松丸 何を。 詰め寄り詰め寄り兄弟三人、互いに残す意趣遺恨。 (同上、193頁) |
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橋本治「中村富十郎 『車引』の梅王丸」〈演劇出版社刊「橋本治歌舞伎画文集より〉 (中山幹雄『歌舞伎絵の世界』(東京書籍, 1995)95頁) |
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吉田神社は 京都市左京区吉田神楽岡町の吉田山のふもとにあり、9世紀に平安京の守護神として創建されとのこと。 京阪電車「出町柳」駅で下車、今出川通りを進み、東大路通りの交差点で右に行き、次の交差点で左に曲がりますと、突き当りが吉田神社です。20分ちょっとかかります。 本殿へはゆるやかな石段を上ります。 ご由緒です。料理の神、お菓子の神を祀る神社もあるので、代々続く多くの京料理の料亭、或いは菓子舗の人たちも古くから参詣してきたことでしょう。 階段を上り、境内を見廻すと、高い木が何本も立ち並んでいます。 本殿前の鳥居です。 境内にあるさざれ石は、「国歌発祥の地と言われる岐阜春日村の山中にあったものである」と説明にあります。 ぐるっと境内社を廻ります。 訪れた時は紅葉の美しい時期で、境内の池に映っているのが印象的でした。 |
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『菅原伝授手習鑑』の初演は、人形浄瑠璃として延享3(1746)年、竹本座。 昭和41(1966)年 11月、国立劇場開場記念公演として上演されました。記念すべき第一回の公演で、梅王丸・2代目尾上九朗右衛門、桜丸・尾上梅幸、松王丸・8代目坂東三津五郎、時平・2代目中村鴈治郎という配役でした。 昭和56(1981)年12月、国立劇場開場十五周年記念の年に再演(第113回歌舞伎公演)された時は、梅王丸・5代目中村勘九郎(後の18代目中村勘三郎)、桜丸・尾上菊五郎、松王丸・10代目市川海老蔵(後の12代目市川團十郎)、藤原時平・8代目坂東彦三郎(現・初代坂東楽善)という若い役者たちにバトンタッチされました。 真っ先に思い出すのはこの舞台で、強い印象を残しました。 「車引」は独立して舞台にかかったのを観たこともありますが、通しでも単独でも何度も観てみたい、歌舞伎美を堪能させてくれる一幕です。 10代目市川海老蔵(後の12代目市川團十郎)の梅王丸(歌舞伎座プロマイド、発行年不明) ◆2019年7月、国立劇場「歌舞伎鑑賞教室」 ちらし 劇場に入って左のエスカレーターで二階に行くと、 三兄弟の大きなパネルがあります。 また、坂東新悟による「解説」の中で、スクリーンに映し出された映像を撮影してもよい一分間があり、シャッター音が響きました(数字は残りの秒数)。 どちらも、右から坂東亀蔵 の梅王丸、尾上松緑 の松王丸、坂東新悟の桜丸。 国立劇場の裏手には伝統芸能資料館があります。鑑賞教室の公演期間中、関連の展示があり、舞台面も再現され、この前でも写真撮影が可でした。 配布されたプログラム ◆女車引 2019年6月、歌舞伎座で『女車引』が上演されました。これは三兄弟の妻が吉田神社で出会い、次の場白太夫の「賀の祝」の料理をする様子などを踊ってみせるという趣向の清元の舞踊です。配役は松王丸の妻・千代=中村魁春、梅王丸の妻・春=中村雀右衛門、桜丸の妻・八重=中村児太郎。 歌舞伎座絵看板 鳥居清光画 幕見券 |
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(2019年6月) | |