歌舞伎の舞台名所を歩く |
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日高川 | |||||
『日高川入相花王』 | |||||
(1) | |||||
竹田小出雲・近松半二らの合作『日高川入相花王』(ひだかがわいりあいざくら)「日高川の場」、清姫は恋する人を追って日高川にさしかかります。 |
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アゝ嬉しや、こゝが日高川の渡し場、折角こゝまで来ながらも、この川を渡らねば、道成寺へは行かれぬとの事、どうぞこの川早う渡してほしい事ではあるぞ。……エゝ、マア折のわるい、渡し舟も見えず……オゝイ渡し舟イのう、船頭様イのう、エゝコレ、のせてたべ、オゝイオゝイ。 かなたこなたをかけ廻り、呼べど叫べど白波の、音より外の答えなし。 |
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そこへ船頭が姿を現わすと、清姫は、 |
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道成寺へ行きたいほどに、ちゃっと渡して下さんせ。コレ拝みます、拝みます。 |
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と頼みますが、船頭は、 |
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オゝ、それは気の毒な事じゃが、こなさん何にも知るまいが、今度道成寺で鐘の供養、すなわち今日此頃が満願で、チト訳あって女子は堅う禁制と、お寺の方から言いつけゆえ、女子と名がつきゃ女猫一匹もめったに舟へ乗せられぬぞや。また地頭殿からもきびしいおふれなりゃ、折角の事じゃが気の毒ながら引っ返した引っ返した。 (『名作歌舞伎全集』第6巻, 143頁) |
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と取り合いません。 さて清姫は…? 道成寺駅の壁には何枚かの絵が描かれていますが、その中の一枚です。 |
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浮世絵の画題にもなっています。 月岡芳年「和漢百物語 清姫」 (『江戸の悪』(青幻社, 2016) 201頁より) |
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(2) | |||||
日高川へ行ってみます。JR紀勢本線(きのくに線)「御坊」駅で下車し、 タクシーの運転士さんに、「日高川と書かれた標識があって、見晴らしのいい場所へ」とお願いします。 車が止まったのは天田橋(あまだばし)のところで、 「日高川」の標識があります。 見ると川幅はかなりあります。 日高川はずっと向こうに見える山のどこかに源を発し、蛇行して、煙樹(えんじゅ)ヶ浜に達して太平洋に注いでいるとのこと。 きれいな水が滔々と流れきていますが、ここからは道成寺も近いので、安珍・清姫はこの近くを渡ったのだろう、などと想像します。 |
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(3) |
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道成寺に行くと、丁度桜が満開で心躍ります。本堂の左にも大きな桜の木があり、 近づいてみると、「入相桜」についての説明板があり、外題の由来が書かれています。 そうだったのですか! 『日高川入相花王』が歌舞伎に移入され、初演されたのは明和7(1770)年、江戸・森田座でした。 「日高川渡しの場」(田中良『歌舞伎定式舞台集』(大日本雄弁会講談社, 1958)より)
歌舞伎としては、『娘道成寺』に比べ、圧倒的に上演回数が少ない、というより滅多に上演されてこなかったと言って間違いありませんが、昭和63(1988)年10月には国立劇場で3幕6場の通し狂言として上演されました。清姫、後に亡霊を演じたのは2代目中村扇雀(現4代目坂田藤十郎)、他には7代目尾上菊五郎、3代目河原崎権十郎らが共演しました。 演劇評論家だった戸板康二は、「泳ぎ」という項目で、この川を渡る清姫について、こう書いています。 |
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「日高川入相花王」の清姫が、さかまく川浪のあいだを、安珍を追っかけて、泳いでゆく場面は、肌をぬいでうろこの模様のじゅばん姿になっているから、これは人間の泳ぎでなく道成寺伝説にある通り、蛇体の泳ぎである。 (戸板康二著『舞台歳時記』(東京美術, 1967)148頁) |
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そして次のページに舞台写真を載せています。 |
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「日高川」歌右衛門の清姫(いつの舞台かは書かれていません) | |||||
しかし、日高川の渡しの場は人形振りで演じられるのがふつうのようです。 2005(平成17)年10月の歌舞伎座では、坂東玉三郎(清姫)が人形振りで演じ、尾上菊之助が人形遣いを勤めました。 この舞台は映画化され、『鷺娘』との併映で、2019年6月27日から7月4日まで全国で上映されました。 映画ちらしより |
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文楽ではたびたび上演されているのかも知れませんが、最近では平成29(2017)年東京・国立劇場(小劇場)で文楽鑑賞教室の1本として上演されました(観覧料3900円 / 学生1300円)。 | |||||
(4) | |||||
個人的な事になりますが、…。 去る4月29日、ある会合の後、初めてお会いした方と色々なお話をしている中で、「「蘭蝶」を聞いて育ちました」と言われたのを聞いて驚きました。帰宅して、タイマー録音をしておいた NHK・FM の「邦楽百番」、今週は何だったのだろうとスイッチを入れると、何と新内の「日高川」で、またまた驚きました。 新内に「日高川」があることは知りませんでしたし、この春に日高川を見てきて、新内にゆかりのある方とお会いし、その同じ日にこの放送があるとは何という偶然か! と嬉しくなって何度も聞いています。 この時の出演者を写しておきますと、 |
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(浄瑠璃)富士松小照、(三味線)新内仲三郎、(上調子)鶴賀伊勢一郎 |
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演者は違いますが、【新内 レコード】の録音を聞くことが出来ます。 「日高川」 鶴賀若狭掾(初代)作曲/富士松春太夫 「日高川」という落語もあるそうですが、こちらはまだ聞いたことがありません。 安珍・清姫の話は、隅田川の話と同様に、芸能の色々なジャンルで語られ・演じられてきたようで、今後どんな芸に接することができるのか、とても楽しみです。 [追記] 「若木仇名草(わかきのあだなぐさ)」通称「蘭蝶」という歌舞伎があるのを知りました。「清水先勝軒が、初代鶴賀若狭掾の作った同名の新内から脚色した脚本」が『名作歌舞伎全集』第15巻に載っています。 調べてみると、この題名で、国立劇場の邦楽鑑賞会ではたびたび取り上げられていますが、歌舞伎では平成12(2000)年12月に歌舞伎座で上演されたくらいで、芝居としては大変珍しいと云えます。(2018.10.4) |
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お読みいただきありがとうございました。 関連で「道成寺」もご覧ください。 |
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(2018(平成30)年5月7日) | |||||