歌舞伎の舞台名所を歩く

 和歌の浦① 紀州東照宮
 (『卅三間堂棟由来』)
 
 
 (1)
 
『卅三間堂棟由来』(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)、通称「柳」の「木遣り音頭の場」は、
本舞台、和歌の浦を見たる遠見、街道筋。

はや東雲の街道筋、木やり囃子で地車の、とどとどろく音ぞ勇ましや。

和歌の浦には名所がござる、一に権現二に玉津島、三に下り松四に塩釜よ、ヨイヨイヨイトナ。

(『名作歌舞伎全集』第4巻、212頁)

ちなみに落語の三代目三遊亭金馬の『寝床』を聞くと、豆腐屋さんは「旦那様の『卅三間堂棟由来』「柳」が聞きたくて」などと世辞を言うときに、ここの一節を引用します。

(2)

和歌の浦は和歌山県の名所で、JR紀勢本線(きのくに線)「紀三井寺」駅で下車し、まず紀三井寺に参詣して、



音頭に「権現」とある紀州東照宮へ歩いていくことにします。



和歌川に架かる旭橋を渡って、



1時間ほど歩いたでしょうか、御手洗池公園に着きます。



紀州東照宮の第一の鳥居は、海の塩風に直接さらされたためか、さびついています。



少ししか離れていませんが、中の鳥居は無事です。



境内の案内図を見て、社殿の配置が分かります。



長い参道は、一度右に折れ、



その突き当りに長い石段が見えます。 



途中で振り向くと、向こうに和歌浦湾が見えます。 



上り切って楼門を通ると、正面に本殿があります。



「由緒」にある徳川頼宣公は、紀州徳川家初代の藩主で、この東照宮は父である家康の霊を祀るために造営されました。

「関西の日光」と呼ばれ、左甚五郎作の彫刻があることなどが記されています。



右の方へ行きます。



大きな可愛い絵馬が掛けられてあり、思わず微笑みます。 



右にある建物は「神輿舎(みこしや)」で、



左に掛けられてある絵画には、5月の例大祭で、重量が1トンもある神輿が門を出て石段を下るところが描かれています。  



手前には一本の木がたっています。



八代将軍吉宗ゆかりの秘木で、「楓樹(ふうのき)」というのだそうです。



帰りは「ユルイ坂」と書かれた、たいていの神社では「女坂」と呼ばれる坂道を下ります。すると来るときに見た「ゆるやかな階段」のところに出て、参道を戻ります。



お読みいただきありがとうございました。 
 
  続けて「和歌の浦② 鹽竈(しおがま)神社」をご覧ください。 
 
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(2018(平成30)年5月13日)
 
 
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