歌舞伎の舞台名所を歩く |
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『怪談乳房榎』 | |
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『怪談乳房榎』の三幕目第三場は「南蔵院本堂の場」です。 |
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南蔵院の本堂。平舞台正面真言宗の仏壇、左右杉戸にてたてきり、左右に燭台を立て、上手に住職淨念納所良念、すまい、下手に庄屋茂兵衛、檀家総代新兵衛、小坊主は墨をすっている。正面杉戸二枚立てゝあり、重信、うしろむきにそれにむかいいる。杉戸には龍が描きあり。 茂兵 今夜はいよいよ龍の眼を入れるところときゝ、先生様の御迷惑は万々承知でござりますが、こうして揃って参りました。 淨念 南蔵院もお陰をもって、かような立派な杉戸が出来、これから格天井にもお筆をとっていただけますとは、冥加至極のことでござります。 新兵 あの龍の物すごさ、まるで生きていて、雲をよんでいるようだ。 淨念 さすがは菱川重信先生、南蔵院の宝物となって、末代迄も残りましょう。 茂兵 先生様、これからいよいよ眼をお入れさるところだ。 新兵 成程、これが本当の眼目ということだ。 (『国立劇場第51回公演 上演台本』 112-13頁) |
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そこへ、重信の下男・正介が飛び込んできます。 |
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先生と蛍狩りへ行ったがはぐれてしまったという。そんなことはない、先生はいまし方帰って龍に眼を入れたところだと、坊主がいうのだが、正介は、そんなことはないと打ち消す。 そのとき、杉戸に向かって座っている重信の姿が屏風に映る。声をかけながら屏風をあけると、重信の姿は見えない。先生様ァと皆が呼びながら去ると、正介の前が急に暗くなり、口元から血を吐いた重信の顔が現れる。正介はただ、先生様ァ、先生様ァと泣き叫ぶのだった。 (『国立劇場公演 プログラム』 20頁) |
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南蔵院の所在地です。 都電荒川線「面影橋」で下車します。 面影橋を渡ると、右に山吹の里の碑がたっています。スナップをとって真っすぐ 5 分程歩くと南蔵院です。 門の左右を見ます。右に「怪談乳房榎ゆかりの地」と出ています。 由緒とこの地の説明板を読みます。 門を入って目に飛び込んできたのは満開の桜です。六体のお地蔵さんに覆いかぶさるように。 お地蔵さんの隣にも、仏像が。 左に目をやると、本堂が見えます。 境内には供養塔などが点在します。 ぐるっと回って門を見ると、マルが二つ重なった紋に気が付きます。 |
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三遊亭圓朝作『怪談乳房榎』は、昭和47(1972)年9月、国立劇場では5幕8場の通し狂言として上演されました(第51回歌舞伎公演)。 早変わり、本水を使っての立ち廻りなど、歌舞伎の面白さを存分に味わったことを懐かしく思い出します。 この場の配役は、菱川重信と下男正介・3代目實川延若、住職浄念・2代目中村芝鶴、屋茂左衛門・利根川金十郎、檀家総代新兵衛・6代目片岡芦燕。 上方独特の雰囲気を持っていた延若は大好きでしたし、芝鶴・金十郎も個性的な役者で、最近まで観た芦燕と共に得難い脇役でした。 四幕目は「十二社大滝の場」、そして大詰 「練馬赤塚村乳房榎の場」と続きます。 「十二社 熊野神社」 「怪談乳房榎記念碑(松月院)」 もご覧ください。 国立劇場公演ポスター (『歌舞伎ポスター集-国立劇場開場25周年記念-』(日本芸術文化振興会, 1991年刊)より) この芝居、怪談ということで、歌舞伎座の8月「納涼歌舞伎」などでも上演されています。18代目中村勘三郎はニューヨーク公演に持っていくなど好んだようで、何度か演じ、存分に楽しませてくれました。 ちなみに本家の落語「怪談乳房榎」は、先年亡くなった柳家喜多八の口演が忘れられません。 |
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(2018(平成30)年11月21日) |
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